〜そして再現性は死んだ〜
AIでイラストを作りTシャツを制作したものの、「それっぽいのに違和感が消えなかった」理由を記録。構図・フォント・判断迷走の過程と、AIを使った制作で起きがちな失敗をまとめています。
同僚達との解散会で、
みんなにTシャツを配ることになった。
(中略:Tシャツ作った話)
普通に考えれば、
Tシャツを袋に入れて渡せば終わりである。
しかし私は普通ではない。
なぜなら過去に、こんな会話からAIを生み出してしまった人間だからだ。
私「AI作れたら面白そうだよね〜」
同僚M「AさんをAIにしてみてほしいです!」
同僚A「ねぇwwwまじでやめてwwwwww」
——この社内雑談が、人格付きおしゃべりAI
「あだT」を生むことになるとは、
この時は誰も思っていなかった。
今振り返ると、この時点で引き返すべきだったと思う。
しかし人間は愚かなので「とりあえずやってみる」という選択をする。
そして私は、恐ろしいものの片鱗を味わうことになる。
…で、今回も同じ過ちを繰り返した。
「Tシャツを渡すだけ」ができない病
最初は本当に、
「Tシャツ配るだけでいいよね」
と思っていた。
でも準備を始めた瞬間、脳内で何かがささやく。
それ、配布物じゃない?
違う。
解散会だ。
配布ではない。
贈呈である。
ここで私は、余計なことを考え始める。
- 紙袋、味気なくない?
- せっかくならポストカード貼る?
- どうせなら“あだT”要素入れる?
——ここで完全に道を踏み外す。
あだTを「名画」にしてしまうという判断
なぜか私は、
「あだTのイラストを、有名絵画風にしたら面白くない?」
という発想に行き着いた。
冷静に考えると意味が分からない。
だが人間は疲れていると、
「意味が分からない」=「面白い」
という誤った等式を成立させてしまう。
そこで私は、
ニジジャーニーに
「モネ風」「クリムト風」「ゴッホ風」「ミュシャ風」
みたいなことを投げ続ける人間になった。
結果、
“どこかで見たことあるのに、なんかあだTっぽい”
という謎のイラスト群が完成した。



正直この時点で、
もう「Tシャツを渡す」という目的は消えている。
ポストカードを作る段階で、正気に戻りかける
次に悩んだのが、
「このイラスト、どう使うの?」問題。
飾る?
同封する?
いや、紙袋に貼ろう。
——なぜ貼るのかは分からないが、
その時の私は「貼る」が正解だと思っていた。
ここから先は、
AIに相談しながらコンビニで印刷するという
現代的なのか原始的なのか分からない工程に入る。
- 用紙サイズどれ?
- L判?2L?
- マット?光沢?
- フチあり?なし?
コンビニのマルチコピー機の前で、
スマホに向かって
「これ変じゃない?」
とAIに聞いている中年男性が完成した。
正直、かなり怪しい。
フォントで詰まり、方向性で迷い、全部わからなくなる
ポストカードに文字を入れた瞬間、
すべてがおかしくなった。
- フォントが急に事務的
- アート寄りすぎてTシャツと合わない
- ポップにすると安っぽい
- じゃあどっちなんだよ
ここで初めて、
自分が「作品展示」と「グッズ」の間で迷っている
ことに気づく。
最終的に出した結論は、
「プレゼントなんだから、完璧じゃなくていい」。
これは、思考停止ではない。
諦観である。
紙袋を作るという謎行為(後半)
最終的に私は、
- 紙袋を選び
- ポストカードを貼り
- 銅ホッチキスで留め
- 中身は包装紙で包む
という、
「頼まれてもいない作業」をやり切った。
中身を包んだ瞬間、
「あ、これはやってよかったな」
とは思った。
開けるまで中が見えない。
一拍あって、Tシャツが出てくる。
体験としては、たぶん成功。

ただし致命的な問題がある
完成した紙袋を見て、私は思った。
「……これ、普通に良いな」
でも次の瞬間、
もっと大事なことにも気づいた。
これ、もう二度と作らないな。
理由は簡単。
- 作るのに時間がかかる
- 気分と勢い依存
- 手順を説明できない
- 再現性がない
つまりこれは、
一回限りの奇跡である。
結論:よくできた。でも、再現性は死んだ
今回の紙袋は、
- 出来は良かった
- 自分も満足した
- 受け取る側もたぶん喜ぶ
でも、
次に同じことをやるかと言われたら、
私は全力で首を横に振る。
「よくできた」は、
「もう一回やりたい」とは限らない。
これは
解散会という一度きりのイベントのために、
一度きりで作られた紙袋だった。
そして私はたぶん、
また次の「とりあえずやってみる」で、
別の再現性ゼロ案件を生み出すのだと思う。
——学ばない人間なので。
(完)


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